大峰山稲村ケ岳登山(①清浄大橋~河瀬谷~レンゲ辻) [山登り]
清浄大橋の大灯籠の前で塩路先達が熱心に銘板を見ておられました。
由緒書きに依れば、その灯籠は昭和48年に井筒総講が建立されたものでした。
2年余り前に塩路先達の尽力で復活した井筒講国分組、
往時の副総長、講元、大先達の名前が記されていました。
修験道場として綿綿と守られてきた大峰山、
阪堺役講の井筒講国分組がその一翼を担ってきた証をみるようで感慨深いものでした。
大峰山山上ヶ岳への道は、この清浄大橋が女人結界門です。
ここで男性陣と別々に、
女性陣は塩路先達に導かれて、
河瀬谷からレンゲ谷辻の道を取って、稲村ヶ岳・大日山を目指します。
きれいな川水、手を浸し思わず顔を洗いました。
延々2時間登り道を歩きました。
情けないことに運動不足の為か途中で足は思うように動かなくなり、
先を行く70才高齢の女性にも次第に引き離されていく有様でした。
ようやくレンゲ辻にたどり着きました。
実に清々しい風が疲れを癒してくれました。
ここで一眠りできたら何と気持ちよいだろうと思いましたが、
ささやかな休憩の後、再スタートです。登り道がまだまだつづきます。
由緒書きに依れば、その灯籠は昭和48年に井筒総講が建立されたものでした。
2年余り前に塩路先達の尽力で復活した井筒講国分組、
往時の副総長、講元、大先達の名前が記されていました。
修験道場として綿綿と守られてきた大峰山、
阪堺役講の井筒講国分組がその一翼を担ってきた証をみるようで感慨深いものでした。
大峰山山上ヶ岳への道は、この清浄大橋が女人結界門です。
ここで男性陣と別々に、
女性陣は塩路先達に導かれて、
河瀬谷からレンゲ谷辻の道を取って、稲村ヶ岳・大日山を目指します。
きれいな川水、手を浸し思わず顔を洗いました。
延々2時間登り道を歩きました。
情けないことに運動不足の為か途中で足は思うように動かなくなり、
先を行く70才高齢の女性にも次第に引き離されていく有様でした。
ようやくレンゲ辻にたどり着きました。
実に清々しい風が疲れを癒してくれました。
ここで一眠りできたら何と気持ちよいだろうと思いましたが、
ささやかな休憩の後、再スタートです。登り道がまだまだつづきます。
2012-09-10 21:13
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