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歳末助け合い運動 [仏教]

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本日は高野山真言宗
河内支所青年教師会による
歳末助け合い運動として
金剛駅前ロータリーにおきまして
寒中托鉢行(たくはつぎょう)を行い、
私も参加させていただきました。

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名古屋にて [仏教]

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今日は一日研修会です。


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竹生島の弁天様に [仏教]

夏休みもあと二日と迫る中、
家族で竹生島へお参りに行きました。
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今津港から船に乗って。
心地好い風の中、法螺三声。
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港に着き、石階段を昇っていきます。
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宝厳寺の弁天堂。
こちらでは、厳島・天河と
並ぶ日本三大弁才天である
竹生島辯才天様がお祀り
されています。
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また、こちらは西国観音霊場の
30番で、千手観音様もお祀り
されています。
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観音様と神社をお参りした後、
八大竜王社に向かって「かわらけ投げ」の
ご祈願をさせていただきました。
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お参りも無事終わり帰路へ。
一時間に1本程の船ですが、
行きも帰りもちょうどよい時間に
乗せてもらえました。
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弁天堂でいただいたお大師様の
すごろく。
お大師様の歩みが分かりやすく
説明されていて、
妻や子供たちと学びながら遊ぶ
ことができました。

合掌


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般若心経講座 [仏教]

「般若心経」について一緒に学びませんか。
弘法大師空海は「般若心経」について奥旨の解釈をされて
『般若心経秘鍵』という書に著わされています。
心経は単に「空」を説くだけのお経でなく、
多様にして広大な諸仏の教えがすべて盛り込まれています。

お釈迦さまは私達衆生の存在のありようは、
因縁所生にして無常であり無我である…
随って苦であると説かれました。 
生きる苦しみ、老いの苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみ
愛する者と別れなければならない苦しみ、
憎む者と顔を会わさなければならない苦しみ、
求めても求めても得られない苦しみ、
五蘊という身体と心作用の盛んなこの存在の苦しみ
こうした四苦八苦に翻弄されているのが私達の姿だと
教示されれば成程と感じ入ります。
このような苦の存在である私たちに、
はっきりと本居を示し、安心の境地に至らしめてくれるのが
「般若心経」だと大師は解釈されています。
大師の「心経秘鍵」に則りながら
仏教全般にわたる般若心経の教えを学んでいきます   
  
●開催日時/初回   5月10日(日)午後1時~3時        
●場所/河内国分寺講堂(柏原市国分東条町27-1)
●参加費  各回1000円
お問い合せ・お申し込み先(090)2591ー3800
講師/久米持水(尼僧)プロフィール
・高野山真言宗大僧都 ・河内国分寺住職
・仏教大学大学院修士課程文学研究科仏教学専攻修了

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辞本涯 [仏教]

「本涯を辞す」弘法大師性霊集巻第五、38に記される言葉ですが、
お大師さまが、第16次遣唐船に乗船して、
本土最果ての地を去られる時の決意がうかがわれる言葉です。
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当に大師は不二の大法を求める為に、死を冒して海に入られました。
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この遣唐船の本土最後の寄港地であった島に嫁がれた娘さんと共に、
先頃、信徒さんが訪れられました。
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お大師さまの前に立ち、お二人で「入唐求法和讃」を奉詠されたとのことです。
  不惜身命 一筋に 涛路はるか唐の国  
  恵果阿闍梨の室に入り 伝う真言大秘密
ひとえにお大師さまのこの「辞本涯」の覚悟がなければ、
今の真言宗はあり得なかったことでしょう。

南無大師遍照金剛



  

大地の瞑想 [仏教]

最近、チベット仏教僧トゥルク・トンドゥップの『心の治癒力』を読んでいます。

「第十章 自然のエネルギーによる癒し」の「地」について紹介致します。
  母なる大地は、よきも悪しきも、強きも弱きも、すべてを大いなる寛容の心で受けとめる。大地は、繁栄があろうが、没落があろうが、いつも変わらずそこに存在している。大地は、太陽が輝くときも、嵐が荒れ狂うときも、平和に満ちており、昼も夜も変わることがない。それはわたしたちの確固たる土台、家である。 
注意深く、尊敬の念をもって、地面や砂や岩に直接座りなさい。あるいは、仰向けに横になりなさい。両手か足で、大地に触れなさい。硬さ、強さ、壮大な性質を感じなさい。強固で安定した性質を感じ、それについて瞑想することによって、心は自然にそういう性質を帯びるようになる。 
不安、不安定感、不毛さを引き起こすような、身体の中の不健康なエネルギーが、すべて取り払われてしまったと想像しなさい。大地の無限の強さと一体になりなさい。この癒しの力、わたしたちを支えてくれている大地の寛容さと気前よさに感謝しなさい。

山に入って、竹林の整備に追われる日々ですが、このような心の修養を得られる機会でもありました。これよりは時としてひとり大地に座して瞑想しようと思います。

念彼観音力 [仏教]

今日は本年初めての月例聖観音護摩供養法要の日です。
いつも参詣の観音講さんと一緒に観音経を読経しています。

その経に「念彼観音力」と、
観世音菩薩の力を念じて得られる様々な救いが説かれています。

一体、観世音とはいかなる菩薩さまか、経には、
 「無量百千万億の衆生あって、諸の苦悩を受けるに、是の観世音菩薩を聞いて、一心に称名するならば、観世音菩薩は即時に其の音声を観て、皆解脱を得ん。」
とあります。
日本には全国各地に有名・無名の観音様が祭祀されています。
仏教伝来から今日に至るまで、めんめんと祈りが捧げられてきました。

おそらく、信仰者に応じて観音様は自在にその力を示現されたことでしょう。

「解脱を得る」とは信仰者の自証であり、自覚です。
この自証ないし自覚は、衆生にもとより具わっている仏性(観音力)の開顕です。

臨済宗の抜隊得勝は言います。
「只此の本源に精彩をつくるを名づけて念彼観音力とす。」
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阿字の子 [仏教]

 阿字の子が阿字のふるさと立ちいでて           
   また立ち帰る阿字のふるさと (弘法大師)

お大師さまは「阿字は一切諸法本不生の義なり」と説かれています。
阿字は不生不滅の理法身大日如来そのものをいいます。
即ち、大日如来様とはあらゆる生きものの命の根源であり、智慧であり、慈悲心です。

上記の御詠歌は、甥にしてお弟子であった智泉大徳が若くしてご逝去されたときに、
お大師様が読まれたとされていますが、
一説には智泉大徳が、嘆き悲しまれるお大師様の夢枕に立たれて、
詠まれたとも言われています。

 苦しいかな、痛いかな、狂酔の人 
 痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る 
 かって医王の薬を訪わずんば 
 何れの時にか大日の光を見ん   (弘法大師)

阿字観
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現行熏種子(げんぎょうくんしゅうじ) [仏教]

毎月23日は国分寺で子安地蔵尊、水子地蔵尊の供養法要を執り行い、
午後よりは河内国分寺のすえ福地蔵尊に参拝して、
御詠歌を奉詠していますが、
今日は朝から雨が降りしきっているので、
国分寺本堂より、参詣者一同遙拝致しました。

その後、皆で御詠歌の練習をしました。
初めての曲目で「心経和讃」です。

「般若心経」を御詠歌ではどのように唱えているのか、
歌詞すら知らない「心経和讃」を、
是非お唱えしたいという心が、最近頓に湧いてきていました。

御詠歌の楽譜は、皆さんかなり読み慣れたようで、
30分程の練習で唱和できるようになりました。

現行熏種子、
「心経和讃」という新たな御詠歌が、
阿頼耶識という深い心に種子となって薫習され、
皆さんの人生がより良く導かれますように。(拝)





因縁解脱 [仏教]

一陣の風が吹いて、心は三毒煩悩の荒れ模様

貪りと瞋りと痴かさに翻弄されて、修まりどころが見いだせない。

詠歌一唱、心がようやく澄んでくる。

続けられないことと、続けたいことが顕わに見えて、

心は拘泥した因縁の縛を脱却した。

法句経より [仏教]

「何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか。

 世間は常に(煩悩の火で)燃えたっているのに。

 汝らは暗黒(無明)に覆われている。どうして燈明(智慧)を求めないのか。」(146)



「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自己の)主であろうか?

 自己をよくととのえたならば、得がたき王を得る。」(160)


「たとえ他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために

 自分を捨て去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに

 専念せよ。」(166)

観自在菩薩 [仏教]

観人 智慧を修して 深く五衆の空を照らす 歴劫修念の者 煩を離れて一心に通ず
上記は弘法大師空海の「般若心経秘鍵」の一節です。
「般若心経」の
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見 五蘊皆空 度一切苦厄
を頌として詠じられたものfです。

まず自己の身心の有り様として「色、受、行、想、識」の五蘊を知り、
全ては因縁によって生じているこの五蘊が実体のない空性であることを認識する。

般若波羅蜜多による空性の照見
そして本居たる一心への帰入
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弘法大師『秘蔵宝鑰』より [仏教]

自心に迷うが故に六道の波、波動し、
心原を悟るが故に一大の水、澄静なり。

澄静の水、影万像を落(うつ)し、
一心の仏、諸法を鑑知す。

衆生この理に迷って輪転絶ゆること能わず、
蒼生はなはだ狂酔して自心を悟ること能わず。

大覚の慈父その帰路を指し示したもう。
帰路は五百由旬、この心はすなわち都亭なり。

都亭は常の舎にあらず。
縁に随ってたちまちに遷移す。

遷移定まれる処なし。この故に自性なし。
諸法自性なきが故に、卑を去り、尊を取る。

弘法大師『秘蔵宝鑰・第九』

お釈迦様のことば [仏教]

「まず自分を正しくととのえ、
 ついで他人を教えなさい。
 そのようにする賢明な人は、
 煩わされて悩むことがない。」(法句経:158)

「あなたが他人に教えるとおりに、
 自分でも行いなさい。
 自分をよくととのえた人こそ、
 他人をととのえる。
 自分を制することはとても難しい」( 同 :159)

「一切の悪を犯さないこと。
 善に至ること。
 心を清らかにすること。
 これが諸仏の教えである」( 同 :183)

真言宗の三力 [仏教]

2月21日(壬子・四緑中宮)

今日はお大師様の月例供養法要の日
導師を勤めた持慧さんが法要後に、
  以我功徳力 如来加持力、及以法界力 普供養爾住
という真言宗の三力について、
ご自分の最近の経験を踏まえて話しされました。

真言宗は、
三力によって、国土の安穏や、万人の豊楽を
かなえていこうとする教えです。
三力とは、
自らが修した功徳力を以て、
既にこの世に満ちている如来の加護を、
能く感得するという加持力と、
そしてあらゆるものがつながっているという法界(真理の世界)の力を以て
お互いが支え合って生きていこうという
はたらきが成せる力です。

私たちは様々な神仏に現世利益を願いますが、
お大師様への礼拝はひとえに報恩謝徳でありたいと、
説かれました。

完成した資料館内の食堂(じきどう)で始めて食事をしました。
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久しぶりに皆で焼却の作務をしました。
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少々休憩
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幾重にも被さっていたので下が中々燃えず、
中心をさらってリング状にしました。あと少しです。
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寒中托鉢(年末助け合い運動) [仏教]

こんばんは、持慧です。

少し日が経ってしまいましたが、12月24日(土・クリスマスイブ)、
高野山真言宗河内支所並びに真言宗河内真和会有志による
托鉢が行われました。

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托鉢とは、
「仏教やジャイナ教を含む古代インド宗教の出家者の修行形態の1つで、信者の家々を巡り、生活に必要な最低限の食糧などを乞い、信者に功徳を積ませる修行。乞食行(こつじきぎょう)、頭陀行(ずだぎょう)、行乞(ぎょうこつ)とも。
奈良時代には行基などによって河川の堤防やため池・井戸などの社会インフラの整備や大仏建立のための勧進という、チャリティとしての意味合いでも托鉢は行われるようになった。
現在の托鉢には、集団で自派の檀家の家々(近隣に限らない)を訪問する形態(門付け。かどづけ、と読む。)と、個人で寺院の門前や往来の激しい交差点など公道で直立して移動せずに喜捨を乞う形態(辻立ち。つじだち、と読む。)がある。」(Wikipediaより抜粋)

写真の通り私達は辻立ちにて行ったわけですが、
いわばお坊さんによる募金活動です。
震災以後何度か実施させていただいているのですが、
今回は特に「身体の不自由な方、各被災地の復興援助」のために行わせていただきました。

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寒い中、自転車を止め、手袋を脱ぎ、財布を出してご志納いただく功徳は大変に有り難いものです。


合 掌

観音様の五観 [仏教]

 毎月18日は聖観音菩薩様の月例供養法要の日です。
いつも参詣者全員で御詠歌、声明の後、観音経普門品偈を読経しています。

さてお経に、
 真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈観 常願常瞻仰

という経文で、真観、清浄観、広大智慧観、悲観、慈観の五観を常に願い、常に仰ぎ見なさいと、説かれますが、

一体、観音経に説かれる真観とは、どのような真理を指すのでしょうか、
仏教の初期経典に説く真理は、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の三法印や、
苦集滅道の四諦の真理、十二縁起の真理です。
般若心経では、観音様は五蘊皆空を照見されます。皆もちろん仏教の真理です。

しかし今は、妙法蓮華経の第25品に説かれる観音経です。
妙法の真理を尋ねるべきでしょう。
「方便品」には、仏様がこの世に出現された開示悟入の一大事因縁、
一仏乗、十如是の諸法実相等の
甚深微妙の妙法が説かれています。

その五観のはたらきが次に説かれます。
無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間 悲体戒雷震 慈意妙大雲 澍甘露法雨 滅除煩悩焰

無垢清浄光(清浄観)は、慧日となって諸の闇を破り、
慧日(広大智慧観)は、能く災いの風火を伏せ、普く明らかに世間を照らす。
悲体(悲観)の戒は雷震の如く、
慈意(慈観)の妙は、大雲の如く甘露の法雨を澍(そそ)いで、煩悩の焰を滅除す。

難解難入ですが、常願常瞻仰のみが開・示・悟・入の道なのでしょう。





六波羅蜜と六種供養 [仏教]

今日は21日でお大師さまの法要の日です。

法要の導師を持慧さんにお願いしました。
法要後、持慧さんは六波羅蜜と六種供養についてお話しされました。
布施波羅蜜、持戒波羅蜜、忍褥波羅蜜、精進波羅蜜、禅定波羅蜜、智慧(般若)波羅蜜の
六波羅蜜という菩薩行ですが、
命の水ともいえる大事なものを布施することによって、貪りを離れ、
清浄のお香を身に塗ることによって、戒を持(たも)って心身を守り、
忍褥の華を供えることによって、瞋(いかり)を離れ、
日々精進の線香をお供えして、不退転の心を守り、
お仏飯を供えることによって、安らかな禅定心を養う。
明かりを灯すことによって、痴かさを離れて真実の智慧(覚り)に到る。

仏、菩薩様にこのような供養をすることによって、皆様の心身が養われていきますようにと、
説法されました。

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諸法実相 [仏教]

 今日は先日の続きで谷底に投げ入れていた竹の取り出しと焼却をしました。国分寺住職と一緒に作業をしたので、作業がはかどり、上流部の竹の取り出しもほとんど終わり、塞がっていた水の流れも川底を掃除することによって、水路を確保できました。
 一昨年前にこの山を購入したとき、この谷間には倒れた竹や桧が交差し、竹林は枯れた竹で道がふさがれて思うように進めませんでした。思い切って竹を切り、片付かないので谷底に投げ入れていった次第です。
 長い間放置しておいたのが良かったのか悪かったのか、この間に竹は枯れて腐って、軽くなり、折れやすくなったので、持ち運びが楽になっていました。が、流れをせき止めたのも原因してか浸食し陥没し、何やら地形が少々変わっていました。
 このように山川草木と向き合って共に生きていたら『法華経』の、
諸法実相 所謂諸法 如是相 如是性、如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等を実感する思いです。
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中論八不偈 [仏教]

 毎月14日は河内国分寺所縁の神祇を参詣しています。順に聖七面稲荷大明神社、杜本神社、大黒天神を巡拝します。前に杜本神社周辺を掃き清め、お酒、お水、塩、お米、果物等をお供えしています。今日は大黒天神の参拝次第をお伝えします。高野山で修行した折りに厨房に祭祀されていた大黒天の御前でお唱えしていた「大黒天作法」をそのまま参詣者一同で唱和しています。
 先中論八不偈
  不生亦不滅   不断亦不常     
  不一亦不異   不来亦不去         
  能説是因縁   漸滅諸戯論 
  我稽首礼仏   諸説中道義
  因縁所生法   我説即是空 
  亦為是仮名   亦是中道義
 次法身偈
  諸法従縁生   如来説是因    
  是法従縁滅   是大沙門説
 次大黒天呪    オン マカキャラヤ ソワカ
 次摩利支天呪   オン マリシエイソワカ
 次南無満山護法善神
 次諸天諸神呪   オン ロキャロキャ キャラヤソワカ
大笑三昧の大黒天神

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お寺では厨房に大黒天をよくお祭りしますが、これは多くの僧侶に食事を給することができるようにと財福神としての大黒天に御利益を被る為と言います。
 大黒天は梵名をマカキャラ(マハーカーラ)と言い、大時、大黒の意味で、財福神また冥府神とも言われます。
 無限の生死を繰り返す生滅、断常、一異、来去の八迷戯論(分別のこだわり)を離れて、不生不滅、不断不常、不一不異、不来不去の八不正観(空性の智慧)を悟る。冥府神と福徳神の二面性と言えます。
 お大師様は「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」と説かれましたが、無明のまま無限の時を流転するか、光明の大時に生きるかの二面性だと思います。
 あらゆる存在や事象は、縁に因って生じたものであるから、空性であり、仮有です。空性にとらわれず、仮有にとらわれない、そのあり方が中道だと説かれるところです。
 「般若心経」で言えば「色不異空(空性)」「空不異色(仮有)」「色即是空 空即是色(中道義)」です。
 「金光明最勝王経」に説かれる「真を棄てず、俗を離れず。」の心境で大黒天神に祈念しています。
昨年植えたナデシコきれいに咲きました。

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